映画「生きてこそ」を見て

私は、今のように寒い時期になると、昔見たある映画をよく思い出します。

その映画は、「生きてこそ」です。

それは強烈なインパクトを私に与えた映画でした。

その映画がどんな内容で、どんな映画だったのか、映画の感想をまじえて話したい、と思います。

1972年、ウルグアイの学生ラグビー・チームとその家族を乗せた飛行機が、チリで行われる試合に参加するためアンデス山脈を越えようとするも墜落。多くの犠牲者が出ます。

生き残った者たちの中からも、その後の雪崩によって死者が出ます。

極寒の、過酷な状況のなか、70日を超えて、16人が奇跡の生還をします。

実話をもとにした映画です。

食料もない、十分に暖を取るすべもない、そんな極限状況――夜は零下40度にもなるアンデスの雪山のなか、彼らはどのようにして生き残ったのか。

食糧のない雪山の中で生き残るために彼らがしたことは、死んだ仲間の肉を食べることでした。

墜落事故を生き残ったもののうち、ナンドはロベルトとティンティンは、標高の高い険しい、クレバスもあるアンデスの山を越えて助けを求めるために出発します。

この時、すでに山に墜落してから61日が経っていました。

彼らはプロの登山家でもクライマーでもありません。

彼らには地図も、雪山を超えるために必要な装備すらありません。

ろくに食べていないため、体力や体温を維持するのも難しかっただろうと思います。

それでも(途中、ティンティンは引返しましたが)、彼らが山越えを選んだのは、このまま山中で死を待つよりも(彼らはラジオによって捜索が打ち切られたことを知りました)、同じ死を待つ状態ならば、助けを求めて山を越え、全員が救助される可能性にかけてみたいと思ったからでした。

自分たちの住処となった飛行機の残骸が雪にうまる場所を出発して、険しい山を必死にのぼり、そして山頂に立ったときにナンドたちが見たもの、そのときの彼らのつぶやきが忘れられません。

「山ばかりだ……」

このつぶやきのあとに、カメラは、はるかかなたまで雪をかぶったアンデスの峰々を映し出します。

私ならばきっとそれを見た途端、心が折れに違いない、と思います。

二人を絶望させようとするかのような光景を目の前にしても、それでも、二人は、前へと進んだのでした(山を越えていくことを選んだのです)。

「ここでとどまって死ぬのなら、前に歩いて死のう」

この生きることへの執念。強い思い。 

これが実話だけに、実話だからこそ、迫ってくるものがあります。

彼らは無事、人の住む村へとたどり着き、山中に残してきた仲間の救助を求めます。

山を下りて、ぼろぼろになった二人が人に会ったとき、彼らはどんな思いがしのでしょう。

そして山に残ったものたちが、助けを求めて出発したナンドたちがどうなったかもわからないなか、突然のように救助のヘリが自分たちの頭上へ来たときは、どんな気持ちだったのでしょう。その時何を思ったでしょう。

苦難に苦難をのりこえて、無事助け出された16名のいろんな思いを考えたとき、そこには仲間の肉を食べなければ生き残れなかった事情も含め、「生きてこそ」という映画のタイトルがとても深い意味をもって私の胸に迫ってくるのでした。

冒頭で話した、「いつも寒い時期になると思い出す」というのは、まさにこうした救出に至るまでの胸に迫るシーン――それは、山を越えることを選択したナンドたちが、アンデスの峰々を目の前にしても希望を捨てず、めげず、歩き続けた姿勢だったり、救出に至るまで72日という長い時間を、数々の困難や心細さを乗り越え、生きようとしたシーン(姿勢)が思い出されるのです。

寒がりの私は、寒くてたまらない日は、大人げなく、布団からなかなか抜け出すことができなかったり、すぐやらなきゃならない用事を先延ばしにしたりしそうになることがあるのですが、そんなとき、極寒の雪山のなかで72日をたえた人たちや、救出をもとめて雪山を超えていったナンドたちのことが思い出されるのです。

私には手をのばせばすぐそこにポットがあって、熱いお茶やコーヒーをいつでも飲むことができるし、ヒーターのスイッチをいれれば、すぐに部屋をあたたかくすることもできる。夜にはあたたかい風呂に入ることもできる……。

アンデスの人たちのことを考えてみろ!

さあ、立って始めるんだ、と。

映画を見たのはずいぶん昔なのですが、寒い時期になると(寒いからこそ余計身に染みて)、この映画を思い出し、「ほんとうに、よくあんな標高の高い、アンデスの山中で、何もない状態で、72日も生きたなあ」と、しみじみ思うのです。

きっと、これからも、何度も思い出すのでしょう。

それくらい、私にインパクトを与え、考えさせられた映画でした。

この映画では、死体を食うというショッキングな出来事もあるため、この事実のほうが注目をあびてしまっている部分がありますが、墜落して助かった人たちのなかには、死体を食べることを拒否した人たちもおり、食べたものも、食べなかったものにも葛藤があり、山を越えて生き抜こうとしたナンドたちの姿勢をはじめ、見るものに、生きること、そして死ぬこと、さらには宗教や神についてまで考えさせる示唆にとんだ映画だったと私は思います。